49歳、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫。告知から仕事復帰まで、やったこと・考えたこと

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「Hope(希望)」と書かれた青い石 – Photo by Megan Murphy on Unsplash

首の腫れから診断まで

首が腫れていた。左側だった。

最初はたいしたことないと思っていた。かかりつけ医に行ったら抗生物質を1週間分もらった。でも引かなかった。「病院行かなきゃダメだね」と言われた。

俺は今病院に来てるだろ、と声に出して言った。かかりつけ医は少し引いていたが、すぐに大きな病院の最短の予約を調整してくれた。そこでリンパ節を取り出す手術をして、生検に出した。結果が出るまで時間がかかった。まさかガンだとは思っていなかった。

告知された日のこと

診断名は「びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫」。

一人で聞いた。妻は連れて行っていなかった。ガンだと思っていなかったから。

医者には「このまま放置すれば死にます」と真顔で言われた。その言葉が頭の中に残っていた。長かったような気がする。

不思議と、現実味がなかった。

頭の中でぐるぐると考えていたのは「お金がいくらかかるんだろう」ということだった。死ぬかもしれないと言われて、最初に考えたのがお金だった。自分でも少し笑えた。

病院の帰り道、車の中で妻に電話した。事情を話したら泣かれた。まともに話を聞いてもらえなかった。

「俺は大丈夫なんだけど」と言い続けた。

でもガンなんだよな、とは思っていた。

入院前にまずやったこと

動揺よりも先に、段取りを考えていた。

病院の患者支援室で相談した。聞いたことはざっくりこんなこと。

・会社にはどう説明するか
・診断書は必要か
・休職期間中の収入はどうなるか
・高額療養費制度はどう使うか

治療方針が決まるまで時間がかかるということ、半年程度かかる可能性があること、その間は休職になる可能性が高いということを教えてもらった。

高額療養費制度は入院前に申請しておく

知らないと損する制度がある。高額療養費制度はその代表で、ひと月の医療費の自己負担に上限が設けられている。入院前に申請しておくと限度額適用認定証というものが使えて、窓口での支払いが最初から上限額に抑えられる。知っているかどうかで手元に残るお金がまったく変わってくる。

治療のこと

2025年8月13日に入院した。治療はR-CHOP療法という抗がん剤治療。ステージ1だった。早期発見だった、と後から思う。

幸い、抗がん剤はよく効いた。8月26日には退院した。その後は外来で化学療法を続けながら、経過観察に移っていった。

副作用がしんどかったとか、そういう壮絶な話は正直あまりない。ステージ1で早く見つかったことが大きかったと思う。

ドクターストップを自分から解除してもらった

医者には「年内はゆっくりしていてください」と言われた。

断った。

仕事に戻りたかった。お金の問題もあったけど、それだけじゃなかった。

暇だった。

体は動いた。タバコもやめた。仕事もせずに家で酒を飲む気にはなれなかった。早く日常を取り戻したかった。それだけだった。

そうしたら「ドクターストップが出ている状態では、制度上、労働はできません」と言われた。

「じゃあドクターストップを解除してください」と頼んだ。

普通、患者側からそれを頼むことはあまりないらしい。でも自分の体のことは自分が一番わかると思っていたし、動けるなら動きたかった。

2025年12月6日、仕事に復帰した。

現在のこと(2026年4月)

2026年4月現在、定期的に通院しながら経過観察を続けている。仕事は普通にしている。

振り返ると、早期発見だったこと、治療が効いたこと、制度をちゃんと使えたこと、この三つが重なって今がある。

首の腫れを放置していたら、かかりつけ医の言葉を無視していたら、と思うことがある。

ガンになったことを軽く見ているつもりはない。でも重く抱え込みすぎてもしかたないと思っている。ステージ1で見つかって、薬が効いて、仕事に戻れた。それは運がよかった。正直にそう思っている。

同じ病気で検索してここにたどり着いた人がいるなら、参考になるかどうかわからないけれど、こういう人間もいるということで。


現在も通院・経過観察中です。治療内容や制度については、必ず担当医・医療機関にご確認ください。

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